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神の法廷での赦し、そして聖化における赦し
神の法廷での赦し、そして聖化における赦し


生ける神の手の中に陥ることは恐ろしい
生ける神の手の中に陥ることは恐ろしい


ヘブル書講解 第3回
へブル書は 完成へ向かう者たちと、完成者キリスト がテーマです。


万が一 失敗して罪をしてしまったら~罪の告白~
信仰者は完全ではありません。罪との戦いは続きます。しかし、そのとき信仰者が向かう先は決まっています。父なる神のもとです。


ヘブル書講話:未完成から完成へ — 試練の中でのキリストの証明
この書は「未完成が完成になっていく」という、その完成に向けて信仰者が成長していく姿を強く語っています。


ヘブル書の全体像とキリストの卓越性
ヘブル書全体、そして特に難解とされる6章4節から8節の御言葉についてお話しします。ヘブル書は、信仰者が「未完成から完成に向かう成長」をメインテーマとして書かれています。


試練の中でイエスを見る
ヘブル人への手紙12章3節:試練の中でイエスを見る


ヘブル11章と12章講解 第1回
ヘブル11章と12章講解 第1回


アダムにおける分離とキリストにおける結合
「なぜ神はアダムが罪を犯すのを止めなかったのか?」「神は無力だったのか?」


アダムにおける分離とキリストにおける結合
アダムにおける分離とキリストにおける結合


「聖化とは何か―結合に基づく神の主権と全存在(体を含む)の聖別」
「信仰は新しく生まれた結果であって、決して信仰によって新しく生まれるのではない」という真理は、福音の中心を貫く極めて純粋な福音の理解です。この真理にたち、神の御業と信仰者の生き方との関係について「聖化(主の似姿に変えられる)」を講解します。


第2テサロニケ第2章 講解
終末を考えるときに、ディスペンセーション的な終末論の体系の中で聖書を読んでいくと、必ず分からなくなります。間違った方向に行きます。


弟子たちの終末に対する2つの質問
イエス様の神殿崩壊の予告に対する弟子たちの2つの質問について


マタイ24章 選びの民は誰か 黙示録3
マタイの24章の選びの民は誰か、また反キリストと獣の刻印、そして終末的迫害をどう位置づけるべきか。


目を覚ましていなさい
今日の言葉は、第一テサロニケ5章5〜6節を中心に、「目を覚まし、身を慎んでいる」ということについて話をしています。


この祈りは正しい祈りですか?
この祈りは正しい祈りですか?
あなたはこの祈りで救われると思いますか?


聖霊の内住とその偉大さ
聖霊の内住とその偉大さについて。最初に誤りを明確にする。聖霊の内住について、今日多くの教会において、誤った聖霊(御霊)の内住が語られている。
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