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恵みの上にさらに恵み2
「霊的祝福」とは、単に気分が平安になることや、生活が順調になることではありません。それは、父なる神が、御子キリストに結ばれた者に、御霊によって与えてくださる、選びから栄化までの救いの恵みすべてです


御霊によって主に従う
全てのキリストを信じる人々、真の信仰者には、霊的な葛藤、全て、生活の中において罪との葛藤があります。これを霊的な戦いと聖書は言います。


恵みの上にさらに恵み1
エペソ1章3節、ここでパウロは、信者がいつか十分に努力したなら祝福を受ける、と語っているのではありません。


黙示録8章から11章 七つのラッパと裁きの警告
黙示録8章から11章は、世への警告的裁きだけでなく、その裁きと苦難のただ中で最後まで証しする神の民を描いています。


黙示録4~7章講解― 御座におられる神と、屠られた子羊が歴史と救いを完成される ―
黙示録は、単に「終末に何が起こるのか」を説明する書ではありません。その中心にあるのは、「歴史を支配しているのは誰か」という問いです。


主の祈り 神の子どもとして
今日は、ウェストミンスター大教理問答の第187問、「主の祈りはどのように用いられなければならないか」について解説したいと思います。


キリストはすべてのすべて ― 選びから栄化まで、すべての救いはキリストにあって ―
今日、私たちが心を留めたいのは、聖霊がこの一節の中に置かれた、小さな言葉、「この方にあって」です。


「私は変わりたい、変えてください」から先に進んでいるか
分かっただけでは終わらない。反省しただけでは終わらない。祈っただけでは終わらない。実際に従う。では、前回から今日まで、その従順は生活の中に現れているでしょうか。


最終回 主を仰ぎ見る―救いの完成
主を仰ぎ見る――救いの完成
救いの完成とは、主ご自身とともにおり、主をありのままに仰ぎ見ることです。


第3回 御霊によって歩み、キリストを仰ぐ
第3回 御霊によって歩み、キリストを仰ぐ
キリストに結ばれ、神の国に入れられた神の民は、どのようにして最後までキリストを仰ぎながら歩むのでしょうか。


第2回 キリストに結ばれて、キリストを仰ぐ
第2回 キリストに結ばれて、キリストを仰ぐ
― その救いの起点は永遠の神、中心はキリスト、その恵みはキリストとの結合において与えられる ―


エペソ5:18「そこには放蕩がある」とは何か― 聖書全体から見る放蕩の道と御霊による歩み
放蕩の道と御霊によって歩く
エペソ書の5章の18節、
酒に酔ってはいけません。そこには放蕩があります。むしろ御霊に満たされなさい。


打ち上げ花火―二つの民と、キリストを唯一の望みとする信仰
打ち上げ花火―二つの民と、キリストを唯一の望みとする信仰
今日のテーマは打ち上げ花火と言う日本の夏の風物詩から第1コリント8章を話します。


恐れをも支配される神
聖書はサタン、悪、人間、病、死、歴史、国家、そして私たちを取り巻くあらゆる出来事が神の絶対主験の下にあることを教えています。


支配神学の神学構造と神の主権という聖書的構造におけるキリストの証人 その2
支配神学の神学構造と神の主権という聖書的構造におけるキリストの証人


主を待ち望むキリストの証人
イザヤ書40章31節「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように、翼を広げて上ることができる。
走っても力衰えず、歩いても疲れない。」


信仰義認と死んだ信仰
信仰義認とは、罪人である人が、自分の行いや功績によってではなく、イエス・キリストを信じる信仰によって、神の前に「義」と宣言されることです。


午後3時の祈りの時間とキリストの証人
使徒の3章の1節は本当に何気ない時間の記録のように見えます。しかしそこには深い意味があります。


使徒1章から2章に見る 聖霊の力とキリストの証人
使徒の働き1章と2章から「聖霊の働きとキリストの証人について」を学ぶ
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