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最終回 主を仰ぎ見る―救いの完成
主を仰ぎ見る――救いの完成
救いの完成とは、主ご自身とともにおり、主をありのままに仰ぎ見ることです。


第3回 御霊によって歩み、キリストを仰ぐ
第3回 御霊によって歩み、キリストを仰ぐ
キリストに結ばれ、神の国に入れられた神の民は、どのようにして最後までキリストを仰ぎながら歩むのでしょうか。


第2回 キリストに結ばれて、キリストを仰ぐ
第2回 キリストに結ばれて、キリストを仰ぐ
― その救いの起点は永遠の神、中心はキリスト、その恵みはキリストとの結合において与えられる ―


エペソ5:18「そこには放蕩がある」とは何か― 聖書全体から見る放蕩の道と御霊による歩み
放蕩の道と御霊によって歩く
エペソ書の5章の18節、
酒に酔ってはいけません。そこには放蕩があります。むしろ御霊に満たされなさい。


打ち上げ花火―二つの民と、キリストを唯一の望みとする信仰
打ち上げ花火―二つの民と、キリストを唯一の望みとする信仰
今日のテーマは打ち上げ花火と言う日本の夏の風物詩から第1コリント8章を話します。


恐れをも支配される神
聖書はサタン、悪、人間、病、死、歴史、国家、そして私たちを取り巻くあらゆる出来事が神の絶対主験の下にあることを教えています。


支配神学の神学構造と神の主権という聖書的構造におけるキリストの証人 その2
支配神学の神学構造と神の主権という聖書的構造におけるキリストの証人


主を待ち望むキリストの証人
イザヤ書40章31節「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように、翼を広げて上ることができる。
走っても力衰えず、歩いても疲れない。」


信仰義認と死んだ信仰
信仰義認とは、罪人である人が、自分の行いや功績によってではなく、イエス・キリストを信じる信仰によって、神の前に「義」と宣言されることです。


午後3時の祈りの時間とキリストの証人
使徒の3章の1節は本当に何気ない時間の記録のように見えます。しかしそこには深い意味があります。


使徒1章から2章に見る 聖霊の力とキリストの証人
使徒の働き1章と2章から「聖霊の働きとキリストの証人について」を学ぶ


罪・死・律法の支配から、キリストの支配へ移される構造変革
死のとげは罪であり、罪の力は律法です


試練の中で現される神の救い
身を慎み、目を覚ましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、吼えたける獅子のように、だれかを食い尽くそうと探し回っています。


罪の中で死んでいる構造、そしてキリストとともに生かされる構造
罪の中で死んでいる構造、そしてキリストとともに生かされる構造


救いの構造の中で御霊の働きによって歩くヤコブ
ヤコブのそれまでの歩みは、肉によって立つ歩みであった。
計算し、工夫し、自分の知恵で生き延びようとする姿があった。


福音の構造の中で御霊に満たされる 1
新しい創造として現れる御霊の満たし


愛によって働く信仰の源泉――御霊による新しい創造
愛によって働く信仰の源泉――御霊による新しい創造


奴隷と子 同じ救いの構造
人はもともと拘束と死の下にある。しかし神が御子にあって救いを行い、子とし、相続にあずからせ、神の家に入れてくださる。
ということです。
そしてガラテヤでは、そこからさらに一歩進んで、その自由の子が、再び奴隷の側へ戻ろうとしてはならないと警告しているのです。
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