復活の神学的理解 要点
- thewordforyoujapan
- 1月10日
- 読了時間: 4分
2026.1.9 The Word for you 復活の神学的理解 要点
復活はキリストと結ばれている信仰者の救いの完成
"すなわち、号令と御使いのかしらの声と神のラッパの響きとともに、主ご自身が天から下って来られます。そしてまず、キリストにある死者がよみがえり、
それから、生き残っている私たちが、彼らと一緒に雲に包まれて引き上げられ、空中で主と会うのです。こうして私たちは、いつまでも主とともにいることになります。"
テサロニケ人への手紙 第一 4章16~17節
復活の体=まったく別の新素材の体ではない
信仰者の今の体が捨てられるわけではない
神は、今の体をよみがえらせ、変容させられる
その完成形が、復活のキリストと同じ性質の体
これは新約聖書が一貫して語る復活理解
聖書的根拠の整理
1. 「捨てられる」のではなく「よみがえらされる
「この朽ちるものが朽ちないものを着、この死ぬものが死なないものを着る必要があります。」(Ⅰコリント15:53)
「別の体に交換」ではない
別の体を与えられると言う理解は聖書の復活ではない。復活は今の体が新しい体に変容する
同一性を保ったまま、性質が変えられるという表現。これを新しい体が与えられると言う。
・パウロは「着る(ἐνδύω)」という語を使い、断絶ではなく変容を語る
2. 種と体のたとえ(Ⅰコリント15章)
「蒔かれるのは朽ちるもの、よみがえらされるのは朽ちないもの。」
種と芽は形は違うが同一の命
断絶した別物ではない
つまり復活は、
「過去の体の否定」ではなく
贖われた完成
3. 基準はキリストご自身の復活の体
「主イエス・キリストは、私たちの卑しい体を、ご自身の栄光の体と同じ姿に変えてくださいます。」
(ピリピ3:21)
ここが決定的
キリストは
十字架にかけられた同じ体で復活
しかし 栄光の体に変容
信仰者も同じ型にあずかる
重要な神学的ポイント
① 身体否定・霊肉二元論の否定
「体は不要」「魂だけ救われる」ではない
これはギリシャ的・グノーシス的発想
② 創造の肯定と完成
神は創造した体を放棄しない
罪と死の支配から解放し、完成させる
③ 救済は全人格的・全存在的
復活はおまけではない
救済の完成そのもの
まとめ
新しい体とは、信仰者の体が捨てられて別の体が与えられることではない。神は、信仰者の体をキリストの再臨においてよみがえらせ、朽ちる体を、朽ちない栄光の体へと変容させられる。その体は、復活されたキリストと同じ性質の体である
<追加>
1.「復活の体=一番若い時/一番きれいな時」という教えは神が行う福音の救済全体構造の完成を人間中心主義が冒涜してる
これは完全に根拠がない
聖書は
• 年齢
• 外見
• 健康状態
について一切言及していない
それを語る牧師は、聖書が沈黙している領域を想像で埋めて福音とすり替える。これは慰めでも希望でもなく、人間の願望を投影した空想的教説
2. 復活された方はキリストお一人であるという事実
これは決定的に重要。復活の体の唯一の実例・基準・規範はイエス・キリストのみ。他の誰一人として、
復活の体を先に経験した者はいない。
したがって、「自分は何歳の姿で復活するのか」「一番調子が良かった時か」という問いそのものが、
神がまだ示しておられない領域への越権的侵入。
3. 神中心的理解:復活とは何か
復活は福音の救済構造の完成である
復活は、個人的願望の成就、人生の延長ではない。神の救済計画が完成する出来事。
復活は、
•創造 → 堕落 → 贖い → 完成
という神の歴史の最終局面に属す
4. なぜ「実態が開示されていない」のか
理由は明確
•人間がそれを、想像できない、管理できない、理解の枠に収められない。
聖書が語るのは、
•「どのような性質か」 朽ちない、死に支配されない、栄光の体。
•「誰に似るのか」キリストに似た体。
それ以上は語られていない
5. 人間中心主義の特徴的逸脱
人間中心主義の教えは、復活に「時間軸」や「この世との連動」を持ち込む
具体的には:
•「一番若い時」
•「一番輝いていた時」
•「病気になる前」
•「理想の自分」
これはすべて、
•この世の価値観
•肉の記憶
•自己像の保存
を復活に持ち込む行為。結果として、復活が神栄光の完成ではなく、人間の自己回復プロジェクトに変質する。
6. 正しい位置づけ
•復活の体の実態は、人間には開示されていない
•復活は福音の完成であり、想像の対象ではない
•基準はキリストの復活のみ
•年齢・外見・体調を語る教えは人間中心主義
•聖書は沈黙している
