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結合、再生と内住の違い

  • thewordforyoujapan
  • 1月31日
  • 読了時間: 4分

2026.1.28 The Word for you 結合、再生と内住の違い


 1.   結合は源泉であって、あらわされるもの

 結合(union with Christ)は、時間の中で始まる出来事ではなく、永遠において神の側で確立された救済の源泉です。

  したがって、再生、内住、信仰も、悔い改めも、義認、聖化、栄化すべては、結合そのものではなく、結合の実・あらわれです。結合は「起こる」のではなく、あらわれるのです。


 2.   同じ結合の、あらわれ方の違い

  同じ結合の、あらわれ方の違いを救済の秩序と呼びます。救済の秩序とは、徹底的に神が主語となります。

  •  神が、永遠の中に選ばれた(選び)

  • 神が、福音によって召された(召命)

  • 神が、死んだ心を生き返らせた(再生)

  • 神が、信仰を与え、悔い改めへと導かれた(回心)

  • 神が、キリストのゆえに義と宣言された(義認)

  これらは同じ結合の、あらわれ方の違いです。

  なぜ「秩序」というニュアンスが重要かあなたが「主語は常に神(人の行為は結果であり原因ではない)」と定めている以上、この順序は「時間的なプロセスの羅列」ではなく、「神の知恵による論理的な秩序」であると強調されるからです。

  「原因」は神にあり、人は「結果」である:人が信じたから救われる(人=原因)のではなく、神が救いの秩序の中にその人を置かれたから、結果として信仰が現れる。

 永遠のキリストとの結合: この順序がバラバラにあるのではなく、「キリストとの結合」という一つの源泉から、これらの恩恵が神の秩序に従って流れ出てくるのです。永遠の結合が源泉であり、そこから再生と内住が同時にあらわれ、再生は生命の開始として、内住はその生命を完成へ導く臨在として働かれます。

  よって結合は常に「一つ」で「完全」です。

  しかしその結合は、生命として 再生、臨在として 内住、変容として 聖化、完成へ導く力として 栄化異なる働き方で顕れます。これが救済の秩序と呼ばれ、それはあらわれ方の違いです。

 

3. 再生=結合が生命としてあらわれる瞬間

  再生とは、永遠の結合が、死んでいた魂の中で生命として働きし始める出来事です。これは、一回的、創造的、神の単独行為で、再生とは、感情や思考の改善ではなく、存在の支配が死から命へ移される出来事です。

 4.   内住は結合が臨在として持続的にあらわれるあり方

  一方、内住とは、結合にある者のうちに、キリストの御霊がとどまり続け、聖化と完成へ導く臨在の在り方です。

 ここでの焦点は、生命の開始ではなく、生命の成長と守り続けることにあります。内住とは、結合が、関係、また臨在として継続的に働かれている状態です。これは感覚の問題でも、体験の強さの問題でもなく、

神がご自分の民を最後まで守り続けられるという契約の現実です。

 

 

5. だから「再生も内住のどちらも結合の顕われ」で正しい

 違いはここだけです。

救済の秩序

結合の顕われの形

再生

生命の開始(死 → 命)

内住

臨在の持続(命が保たれ導かれる)

 永遠の結合という一つの源泉から、再生が現れ、内住が現れます。その内住の働きの中で聖化が進められ、最終的に栄化へと完成させられる。すなわち、永遠の結合から始まり、再生と内住によって進められてきた御霊の働きは、再臨において栄化として完成します。

  再生と内住は時間的に分離した二段階ではなく、再生の瞬間から御霊はすでに内住しておられ、再生は生命付与という一回的行為、内住はその生命を完成へ導く継続的臨在として区別される。

 

 6. 「結合を語らない教え」は必ず人間中心の教え

 そして結合が源泉であることを否定する、すなわち、それは

  • 再生は人の決断になり

  • 内住は体験レベルになり

  • 聖化は努力目標になり

  • 教会は組織になる

 こうして救済の主語は、人にあります。これは偶然ではなく、構造的必然です。

 

7. まとめ

 結合は永遠の源泉

再生は結合の生命的顕れ

内住は結合の臨在的顕れ

両者は分離された恵みではなく、同一の結合の異なる顕れ、救済の秩序なのです。

 

 再生と内住は、信仰者の「肉体」を含む全存在の救いです。最後に、決定的に重要な点を明言します。

再生も内住も、心や意識の奥底だけの変化ではありません。信仰者の肉体を含む、存在全体への再生であり、内住です。

 

 聖書はこう語ります。「あなたがたのからだは、御霊の宮である」

つまり、内住とは、魂や思考の領域に限定された臨在ではなく、信仰者の肉体を含む全存在が、キリストの臨在の場とされているという現実です。

  再生も同様に、精神の向きが変わるという話ではなく、全人格と全存在の支配が、死から命へ移される出来事です。さらに、この救いは個人で終わることはありません。

  また、再生と内住は、契約の現実であり、教会を形成し、歴史を貫き、最終的に信仰者の肉体の復活と新天新地へ至る、全救永遠の時の始まる前から現在、そして永遠の未来にわたる救いの全体構造の現実です。

  したがって、再生も内住もキリストとの結合が、魂だけでなく肉体を含む存在全体と、救済史全体に及んでいるという現実の顕れです。救済にの秩序です。

  栄光は神にのみあります。


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