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使徒の働きが教えるキリストの証人

  • 4 日前
  • 読了時間: 6分

2026.6.10 The Word for you 

  使徒の働きでは、「キリストの証人」について深く学ぶことができます。キリストの証人というと、ヘブル人への手紙11章を思い出しますが、本質は同じです。その中で、今日はステパノという人を見ます。ステパノは、使徒の働きの中に記されているキリストの証人の一人です。

 

 使徒の働き7章で、聖書はステパノが聖霊に満たされていたことを語っています。使徒の働き7章55節です。

 この箇所の中心は、ステパノが強かったということではありません。ここを正しく理解する必要があります。

 ステパノは人々に取り囲まれ、偽証され、議会で裁かれ、ついには石打ちにされるという、極限の苦難の中に置かれました。その時、神はステパノの目を地上ではなく、天に向けられました。

 

使徒の働き7章55節はこう言います。

 「しかし、聖霊に満たされていたステパノは、天を見つめ、神の栄光と、神の右に立っておられるイエスを見た。」

 

 彼が見たのは自分自身ではありません。自分の勇気でも、信仰の強さでも、自分の置かれている状況でもありません。彼はキリストだけを見ています。人間的に見れば、彼はすべてを失った場面です。しかし彼は、そのすべてを失った場面において、神によって打ち砕かれ、地上の望みがすべて取り去られました。まさに究極まで取り去られています。 そして、キリストだけを見上げる者として置かれています。


 このステパノの姿は、「私には強い信仰がある」「私は頑張った」という状態ではありません。神がすべての人間的な希望を剥ぎ取り、キリストだけを最後の望みとして示された者の姿です。

 

 御霊に満たされるとは、苦難がなくなることではありません。むしろ逆です。神が苦難の中で地上の支えを取り除き、キリストこそ唯一の救いであり、唯一の希望であり、唯一の義であり、唯一の命であることを現されるのです。このことが、ステパノの姿にそのまま見えます。そしてこれは、単なる物語ではありません。迫害される者の苦しみだけでもありません。

 

 イエス・キリストは、ステパノを聖霊で満たされました。ステパノは石を投げつけられながらも、「主イエスよ、私の霊をお受けください」と叫びました。最後に残ったのは、彼の力ではありません。「主イエスよ、私の霊をお受けください。」そこにあるのはキリストです。そしてそのキリストにより、キリストだけに頼らざるを得ない心が与えられていたのです。これが、聖書が一貫して語る、御霊に満たされる姿です。

 

 神が信仰者を苦難の中で砕くことを許される。そして、キリストだけを見上げさせられる。ステパノは、神の右に立っておられるキリストを見ました。キリストだけに望みを置く者とされました。そして、その結果として現れるのが、キリストの証人の姿です。キリストの信仰の証人の姿です。私たちは、ステパノが本当に試された姿を見ています。そこに神の力が現れています。

 

 彼は、自分の力、弁明、逃げ道、地上の望みがすべて取り去られる中で、神によって御霊に満たされ、キリストを彼の内に現されました。

 「しかし、聖霊に満たされていたステパノは、天を見つめ、神の栄光と、神の右に立っておられるイエスを見た。」ですから、私たちははっきりと分かります。

 

 聖霊に満たされるとは、決して人が強くなることではありません。神が弱さの中でキリストを現されることです。神が砕かれた者の内に、キリストだけを最後の望みとして立てられることです。神はステパノを、死の前でキリストだけに頼る者とされました。ステパノのこの証は、決して自分が強く証したものではありません。彼は神により最も弱くされ、その中にキリストを現された証です。ステパノの心は、その最も弱くされた中で、キリストのみが最後の望みとなっていた心です。心はキリストのみになっていました。聖霊に満たされていたのです。

 

 これがキリストの証人です。神がステパノに与えた報い、命の冠です。イエス様はヨハネの福音書15章でこう言われました。

 「あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命しました。」

 「わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命しました。」

 キリストの証人とは、キリストが直接に選び、任命した人々です。そしてそれは、「あなたがたが行って実を結び、その実が残るようになるため」です。

 

 ですから証人は、必ず実を結びます。実を結ばないキリストの証人はありません。その実が永遠に残るのです。

 

 では、いつキリストはキリストの証人を選び、任命されたのでしょうか。聖書ははっきりと語っています。

 「すなわち神は、世界の基が据えられる前から、この方にあって私たちを選び、御前に聖なる、傷のない者にしようとされました。」神は選び、そして砕き、イエスだけを頼らざるを得ない者、すなわち御前に聖なる、傷のない者にしようとされたのです。

 

 神は、キリストの証人を世界の基が据えられる前から選び、任命されました。それは、証人たちが行って実を結び、その実が残るようになるためです。ステパノは、自らキリストの証人になったのではありません。誰一人として、自らキリストの証人になる人はいません。神が時の始まる前から選び、任命し、御霊によって支え、死に至るまで従順をキリストから学ばせられるのです。

 

主は言われました。

 「すべて疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのもとに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。わたしから学びなさい。」

 

 試練の目的は、苦しみそのものではありません。神は試練を通して、選ばれた者の肉を明らかにし、自分に頼る道を断ち、キリストに結びついた命だけが、キリストとの結合だけが真実であることを現されます。その試練の歩みの中で、神は信仰者に、キリストの証人に、世が奪うことのできない御国の平安を与えます。キリストの恵みと力を輝かせ、最後の望みであるキリストだけで、証人たちの心を満たされます。

 

 神は言われました。

 「この方にあって私たちを選び、御前に聖なる、傷のない者にしようとされた。」

 

 それは、キリストのみを望み、この世の思想が取り去られ、キリストだけを頼る心です。そして最後には、永遠の御国へ迎え入れられます。そこに、神が初めから定められた永遠の目的と、キリストにある神の栄光が現されます。神の創造の目的が成就されます。それは、キリストの十字架にあって完成した永遠の御国です。

 

そして、「すでに」と「いまだ」の間を歩む私たちの人生に、神は語られます。

 「わたしはすべてを完成している。その完成に向かって、あなたがたは歩いていくのだ。」

 

では、お祈りします。

 

天のお父様。

 あなたは世界の基が据えられる前から、イエス・キリストにあって私たちを選び、キリストと結び、御前に聖なる、傷のない者にしようと定めてくださいました。

 そして、キリストだけを頼らざるを得ない心を与えようと、あらかじめ定めてくださいました。

 それは、あなたの栄光がいよいよとこしえにほめたたえられるためです。

 イエス・キリストの御名を通して、私たちがあなたの証人であること、あなたが選び任命してくださったことを、心から感謝します。

 アーメン。

 

 


 

アーメン。

 


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