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鞭と杖による聖化

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以下のリンクからこのメッセージのブログ記事を読むことができます。

鞭と杖による聖化

詩篇23篇を、先週のメッセージでも話しましたが、ダビデは追い迫ってくる敵の前で、このように告白しました。

“たとえ死の陰の谷を歩むことがあっても、私はわざわいを恐れません。あなたがともにおられますから。あなたの鞭とあなたの杖、それが私の慰めです。”詩篇23篇4節


ここでダビデは、「鞭と杖」を神の慈しみと恵みとして語っています。ダビデは続けてこう告白します。


“まことに 私のいのちの日の限り いつくしみと恵みが 私を追って来るでしょう。私は いつまでも【主】の家に住まいます。”


この詩篇のテーマは、「慈しみと恵み」です。そしてダビデは、その慈しみと恵みが、「鞭と杖」であると言うのです。つまり、神は、ご自分に属する羊を放置されないということです。


“主は私の羊飼い。私は乏しいことがありません。”神は、迷い出る羊を、杖と鞭によって戻される神です。神は、ご自分の羊を放置せず、人間中心の歩みから引き戻される


では、迷い出る羊とは何か。それは、自分の判断を道として歩む人の姿です。自分の感情、自分の思い、自分の意思を、判断の基準として歩もうとする羊です。しかし、神に属する羊を、神は放置されません。神は、危険へ向かっていく羊を、鞭と杖によって止められます。


なぜか。危険へ向かうということは、自分の欲、自分の安心、自分の都合を基準として歩む、人間中心の歩みだからです。


神は、羊が「自分の力で歩ける」と思うことを許されません。なぜなら、「自分で立てる」という思いこそが、最大の敵だからです。それは、神への依存を失った肉の高ぶりそのものです。

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