講解 時中の結合 ヨハネ福音書、エペソ書― 効果的召しから、神が据える結合へ ―

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講解 時中の結合 ヨハネ福音書、エペソ書― 効果的召しから、神が据える結合へ ―
神が与える結合の確信が生き方を変える
ここで言う「確信」とは、把握、説明、整理ではない。神が、摂理による試練を通して、信仰者の過去・現在・未来の読み方を、「キリストを拠り所とし、そのキリストに結ばれている」という現実に基づいて、再構成することを指す。
<過去>
→ 自分の選択や失敗の連なりではない。
→ エペソ1章において、世界の基が据えられる前から、
キリストにあって選ばれ、永遠の結合の中に置かれていた者であったが、
エペソ2章が明確に語るとおり、その結合が時間内に適用され、再生が起こるまでは、罪過と罪の中に死んでおり、この世の流れに従い、空中の権威を持つ支配者の下に置かれていた者である。
→ しかし神は、その定めた時に、
効果的召しによる再生と十字架の適用を通して、永遠の結合を通して真に神であり、真に人であるキリストと信仰者を結合させ、その結果として、
そのキリストが担われた十字架の 御業に信仰者を結合させ、信仰者を死と支配の領域から解放した。
したがって、ここで言う過去とは、自分が信じるに至った経緯や、宗教的努力の積み重ねではない。
永遠において確立されていた結合が、神の定めた時に、真に神であり真に人であるキリストとの結合として現実化し、その結合を通して十字架の御業が適用され、死と支配からの解放として、不可逆的に歴史の中に貫入した出来事の連なりである。
<現在>
→ 自分が信仰を維持している状態ではない。
→ 同じ結合の中で、
すでに生かされた者として、十字架の御業が適用された者として、今もなお、神の摂理によって歩まされている時間である。
現在の歩みは、自分の努力によって保たれている宗教生活ではなく、神の作品として、あらかじめ備えられた歩みの中を進まされている現実である。
<未来>
→ 自分の忠実さに左右される可能性ではない。
→ キリストご自身にある救いが確実であり、
そのキリストに結ばれているがゆえに、摂理を支配する神によって完成へ導かれる確定した将来である。