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特別礼拝 第1回 旧約聖書に見る「主を仰ぎ見る」信仰 音源1

特別礼拝 第1回 旧約聖書に見る「主を仰 ぎ見る」信仰 音源1Artist Name
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以下のリンクからこのメッセージのブログ記事を読むことができます。
全3回シリーズの1回目です。
シリーズの内容は以下の通りです。
第1回 旧約聖書に見る「主を仰ぎ見る」信仰
なぜ神は、ご自身の民に試練を通らせるのでしょうか。第1回では、創世記の堕落からアブラハム、出エジプト、荒野、青銅の蛇へと救済史をたどりながら、神が自分の力に頼る民を砕き、「主だけを仰ぎ見る者」へ造り変えてこられたことを見ていきます。そしてその流れが、キリストとの結合と「御霊によって歩く」新約の生活へ、どのようにつながっていくのかを明らかにします。
第2回キリストに結ばれて、キリストを仰ぐ
「キリスト教の言葉を聞いていること」と「福音を聞いていること」は同じではない、というところから始まります。福音の起点は人間の必要や祈りではなく、永遠の神のご計画にあります。そして、その救いの中心はキリストであり、救いのすべての恵みはキリストとの結合において与えられます。旧約の「主を仰ぎ見る」歩みが、どのようにキリストにおいて成就し、御霊によって生かされる歩みへつながるのかを、聖書全体の流れから見ていきます。
第3回 御霊によって歩み、キリストを仰ぐ
神は、ご自身の民をただ救って終わられるのではありません。御霊によってキリストに生かし、試練さえも用いながら、自分ではなくキリストを仰ぐ者へと造り変 え、最後には黙示録で神のご計画の完成が啓示されます。第3回では、創世記から黙示録まで、神がどのようにその完成へ向けてご自身の民を導かれるのかを見ていきます。
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