主を待ち望むキリストの証人

以下のリンクからこのメッセージのブログ記事を読むことができます。
イザヤ書40章31節
「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように、翼を広げて上ることができる。
走っても力衰えず、歩いても疲れない。」
この預言は、新約において御霊によるキリストの証人の姿として成就 し、今日も神の民のうちに成就し続けている。 それはイザヤが約束した『主を待ち望む者』は、新約において聖霊によってキリストの証人として歩む神の民のうちに、その約束の実現を見る。
このみことばは、使徒の働き1章8節と「力を得る」と言うみことばにおいて深く結びついている。
主イエスは弟子たちに言われた。
「しかし、聖霊があなたがたの上に臨むとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリアの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」
イザヤ書40章31節は、「主を待ち望む者は新しく力を得る」と語る。使徒の働き1章8節は、「聖霊が臨むとき、あなたがたは力を受け、キリストの証人となる」と語る。
つまり、この二つのみことばは別々のことを語っているのではない。イザヤが預言した「主を待ち望む者に与えられる新しい力」は、新約において聖霊によって与えられる力として現され、その力によって信仰者はキリストの証人として歩むのである。
したがって、この預言は、単に疲れた人を励ますことばではない。また、「苦しみがなくなる」「問題が解決する」「人生が楽になる」という約束でもない。
これは、神によって試練の中に 置かれた神の民が、その試練の中で新しい力を受け、最後までキリストの証人として歩み続けることを語る預言である。
すなわち、ペンテコステ以降、神は聖霊によって、すべてのご自身の民をイザヤが約束した『主を待ち望む者』として歩ませておられる。
主イエスは、使徒の働き1章8節で弟子たちに言われた。
「しかし、聖霊があなたがたの上に臨むとき、あなたがたは力を受けます。
そして、エルサレム、ユダヤとサマリアの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」
ここで約束された「力」は、人間の勇気でも能力でもない。聖霊によって与えられる新しい力である。その力は、使徒たちの生涯にどのように現れたのか。