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主の祈り 神のこどもとして

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以下のリンクからこのメッセージのブログ記事を読むことができます。

主の祈り 神の子どもとして

今日は、ウェストミンスター大教理問答の第187問、「主の祈りはどのように用いられなければならないか」について解説したいと思います。

この187問の回答は、『「主の祈り」は、わたしたちがそれに従って他の祈りをなす型として指針であるだけでなく、一つの祈りとしても用いられる。それゆえ、これは、理解、信仰、敬けんな心、また祈りの義務を正しく果たすために必要な他の美徳をもって、祈られなければならない。』という内容です。

このウェストミンスターの「主の祈りはどのように用いられなければならないのか」という問いに対しての回答は、「主の祈りとは何ですか」という質問に対する回答ではなく、文字通り「主の祈りをどのように用いるのか」に対しての回答でした。

この回答は非常に実務的で、2つの点に絞られています。1つは「他の祈りを組み立てるための型であり、指針である」ということです。そしてもう1つは「そのまま1つの祈りとして用いてよい」ということです。

それは、機械的に唱える為ではなく、理解して、与えられた信仰を用いて、与えられた敬虔な心を持って祈る、そういう答えでした。

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