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キリストはすべてのすべて 前編 ― 選びから栄化まで、すべての救いはキリストにあって ―

キリストは すべてのすべて 前編
― 選びから栄化まで、すべての救いはキリストにあって ―Artist Name
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以下のリンクからこのメッセージのブログ記事を読むことができます。
キリストはすべてのすべて ― 選びから栄化まで、すべての救いはキリストにあって ―
小さな言葉に置かれた救いの中心
今日、私たちが心を留めたいのは、「選び」という言葉だけではありません。「世界の基が据えられる前」という永遠にも、もちろん目を向けます。しかし、聖霊がこの一節の中に置かれた、さらに小さな言葉を見落としてはなりません。それは「この方にあって」です。
神は、私たちをキリストから離れた者として選び、それから後でキリストと関係を結ばせようとされたのではありません。聖書は、神が私たちを「この方にあって」選ばれたと言います。選びの初めから、私たちはキリストを離れて考えられていません。神の永遠のご計画は、キリストを中心として立てられました。
そして、この「あって」はエペソ一章四節だけの言葉ではありません。私たちはキリストにあって贖われ、義とされ、新しく造られ、生き、聖くされ、守られます。キリストにあって死に、キリストにあって復活し、キリストにあって栄光を受けます。
ここに十個の別々の教理が並んでいるのではありません。選びから栄化まで、すべての救いを一本で貫く現実があります。それがキリストとの結合です。今日の結論を初めに言います。
「キリストにあって」は、すべての救いの「あって」です。
救いの恵みは、キリストから切り離して一つ一つ数えるものではありません。恵みを数えることは出来ないのです。恵みはキリストから切り離して配られるのではありません。神はキリストご自身を私たちに与え、私たちをキリストに結びつけ、そのキリストのうちにあるすべての恵みにあず からせてくださいます。
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