祈りと主の祈り 祈り
問178 祈りとは何であるか。
答 祈りとは、わたしたちの願いを神に、キリストのみ名において、その御霊の助けにより、わたしたちの罪のざんげと、神のあわれみへの感謝に満ちた告白と共に、ささげることである。
証拠聖句 詩篇62:8、 ヨハネ16:23、 ローマ8:26、 詩篇32:5-6、 ダニエル書9:4、 ピリピ4:6
問179 わたしたちは、神のみに祈らなければならないか。
答 神のみが、すべての人の心を探り知り、求めを聞き、罪を許し、また願いをかなえることができるし、神のみが、信じ、宗教的礼拝をもって礼拝すべき方であるから、その特別な要素である祈りは、すべての人によって神にのみなされ、神以外の何者にもなされてはならない。
証拠聖句 Ⅰ列王記8:39、 使徒の働き1:24、 ローマ8:27、 詩篇65:2、 ミカ書7:18、 詩篇145:18-19、 ローマ10:14、 マタイ4:10、 Ⅰコリント1:2、 詩篇50:15、 ローマ10:14
問180 キリストのみ名において祈るとは、何であるか。
答 キリストのみ名において祈るとは、その命令に服従し、またその約束に信頼して、キリストのゆえにあわれみを願い求めることである。無意味にそのみ名をあげることによってではなく、祈るための励ましと、祈りにおける大胆さ・力・聞き入れられる望みとを、キリストとその仲保から引き出すことによってである。
証拠聖句 ヨハネ14:13-14、 ヨハネ16:24、 ダニエル書9:17、 マタイ7:21、 ヘブル4:14-16、 Ⅰヨハネ5:13-15
問181 なぜ、わたしたちはキリストのみ名において祈らなければならないか。
答 人間の有罪性、またそれゆえに人間の神との距離は、わたしたちが仲保者なしに神の御前に近づくことができないほど大きく、またその光栄あるわざに任命され、あるいは適当な者は、キリストひとりの外、天にも地にもだれもないから、わたしたちは、ただキリストのみ名以外のどのような名においても祈ってはならない。
証拠聖句 ヨハネ14:6、 イザヤ書59:2、 エペソ3:12、 ヨハネ6:27、 ヘブル7:25-27、 Ⅰテモテ2:5、 コロサイ3:17、 ヘブル13:15
問182 どのようにして御霊は、わたしたちが祈るの を助けられるのか。
答 わたしたちは、何を祈るべきかを知らないから、御霊は、だれのために、何を、どのように祈らなければならないかを、わたしたちに悟らせることにより、また祈りの義務を正しく果たすのに必要な理解・愛情・美徳を、(すべての人にではなく、いつでも同じ度合いにでもないが)わたしたちの心のうちに起こし、活気づけることによって、わたしたちの弱さを助けられる。
証拠聖句 ローマ8:26-27、 詩篇10:17、 ゼカリヤ書12:10
問183 だれのために、わたしたちは祈らなければならないか。
答 地上にあるキリストの全教会のために、為政者と教役者とのために、自分自身、 兄弟、それだけでなく敵のためにも、また今生きている、または今後生まれてくるすべての種類の人々のために、わたしたちは祈らなければならない。しかし、死者のためや、死に至る罪を犯したことが分かっている人々のためには、祈ってはならない。
証拠聖句 エペソ6:18、 詩篇28:9、 Ⅰテモテ2:1-2、 コロサイ4:3、 創世記32:11、 ヤコブ5:16、 マタイ5、44、 Ⅰテモテ2:1-2、 ヨハネ17:20、 Ⅱサムエル記7:29、 Ⅱサムエル記12:21-23、 Ⅰヨハネ5:16
問184 どのような事柄を、わたしたちは祈らなければならないか。
答 わたしたちは、神の栄光、教会の福祉、自分自身と他人との幸福に役立つすべての事柄を祈らなければならない。しかし非合法なことは何も祈ってはならない。
証拠聖句 マタイ6:9、 詩篇51:18、 詩篇122:6、 マタイ7:11、 詩篇125:4、 Ⅰヨハネ5:14
問185 どのようにして、わたしたちは祈らなければならないか。
答 わたしたちは、神の尊厳の畏敬に満ちた理解、自分自身の無価値と窮乏と罪との深い意識をもって、罪を悔いる、感謝に満ちた、広い心をもって、知性、信仰、誠実、熱心、愛、忍耐、神への待望をもって、神の御心への謙虚な服従をもって、祈らなければならない。
証拠聖句 伝道者の書5:1、 創世記18:27、 創世記32:10、 ルカ15:17-19、 ルカ18:13-14、 詩篇51:17、 ピリピ4:6、 Ⅰサムエル記1:15、 Ⅰサムエル記2:1、 Ⅰコリント14:15、 マルコ11:24、 ヤコブ1:6、 詩篇145:18、 詩篇17:1、 ヤコブ5:16、 Ⅰテモテ2:8、 エペソ6:18、 ミカ書7:7、 マタイ26:39
問186 神は、わたしたちの祈りの義務の指針として、どのような基準を与えられたか。
答 神の御言葉全体が、わたしたちの祈りの義務の指針として有益である。しかし指針になる特別な基準は、わたしたちの救い主キリストが、その弟子たちに教えられた、一般に「主の祈り」と呼ばれている形の祈りである。
証拠聖句 Ⅰヨハネ5:14、 マタイ6:9-13、 ルカ11:2-4