
ウエストミンスター信仰告白
11章
許しと受け入れ
救いは神が成し遂げ、神が与える
11 義認
第11章:義認(Justification)
ここでは:
罪人はどのようにして神に義とされるのか
行いではなく キリストの義 によること
信仰は「原因」ではなく「受け取る手」であること
を扱います。
では 救いが「法的に確定する瞬間」 を扱う 第11章「義認」 に進みます。
ここは“人はなぜ神に受け入れられるのか”“信仰は何の役割を持つのか”が、決心主義か福音かを決定的に分ける章です。
第11章 義認(Of Justification)
第1節
義認とは、キリストの義が完全に信者に与えられること
① 日本語原文(新翻訳・直訳)神は選ばれた者を、時に応じて義と認められる者とする。これは、彼らの内にある何らかの義、あるいは行いによるのではなく、ただ キリストの従順と罪の贖いを、彼らに「充当(impute)」することによる。神は、信仰を義認の原因としてではなく、キリストを受け取る 手段として信仰を与えられる。
② 一般信徒向け訳(簡明版)神は、信者を 罪人のまま受け入れるのではありません。神は、キリストの完全な義を、その人に「着せてくださる」ことで、その人を 義と認められます。信仰は、キリストを受け取る手であって、救いの原因ではありません。
③ 英語原文 (1646)Those whom God effectually calleth, He also freely justifieth.…not by infusing righteousness into them,but by imputing the obedience and satisfaction of Christ unto them,and receiving and resting on Him and His righteousness by faith;which faith is not of themselves, it is the gift of God.
第2節
義認は完全に神の恵みである
① 日本語原文(新翻訳・直訳)この義認は、完全に無償の恵みであり、信者のうちに見られる何ものも、その根拠ではない。
② 一般信徒向け訳(簡明版)神がその人を義と認める理由は、その人に良いところがあるからではない。ただ、神の恵 みによります。
③ 英語原文(1646)Faith… is the gift of God.
第3節
義認は信仰により受け取られる
① 日本語原文(新翻訳・直訳)信仰は、義認の「手段」であり、義をもたらす「原因」ではない。義は、キリストにある義のみである。
② 一般信徒向け訳(簡明版)私たちは、信仰によってキリストの義を受け取ります。しかし、信仰そのものが私たちを義とするのではありません。私たちを義とするのは、キリストの義だけです。
③ 英語原文(1646)Faith… is the alone instrument of justification.
第4節
義認は取り消されない
① 日本語原文(新翻訳・直訳)義認された者は、決して義認を失うことはない。神の宣言は、永遠に変わらない。
② 一般信徒向け訳(簡明版)一度、神がその人を義と認められたなら、その宣言は永遠に変わりません。救いは揺らぎません。
③ 英語原文(1646)…God doth continue to forgive the sins of those that are justified.
第5節
義認は、聖化と分離されない
① 日本語原文(新翻訳・直訳)義認された者は、必ず 聖霊の聖化の働きが伴う。義認と聖化は区別されるが、分離されない。
② 一般信徒向け訳(簡明版)神に義と認められた人は、必ず 変えられていきます。変 えられることは、救いを得るための条件ではなく、救われた者に起こる必然の実です。
③ 英語原文(1646)God doth sanctify those whom He justifies.
第11章の核心まとめ
項目 | 内容 |
義認の原因 | キリストの義(代わりに従い、代わりに死んだ義) |
義認の手段 | 信仰(ただし原因ではなく受け取る手) |
義認の基盤 | 結合(Union with Christ) |
義認の結果 | 変化が始まる(聖化)は必然だが、救いの条件ではない |
最重要文(覚えて使用):
救いは「信仰 → 義認」ではなく、結合 → 再生 → 信仰 → 義認
信仰は 救いを招く原因ではなく、救いから生まれる実。