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福音 ー本当の福音ー

2026.6.6 本当の福音

 今日は本当の福音の話をします。


 人間は皆、神から離れていたと聖書は言います。みんな離れていた。誰も離れていない人はいない。それを聖書は、死んでいると言います。

 「死んでいるってどういうこと?俺は死んでないよ。ずっと生きているじゃん。」と言うかもしれませんが、聖書はそういうことを言っているのではありません。


 聖書で言う、神から離れているというのは、簡単に言うと「神様を頼る必要がない」としていることです。

 

 つまり、人は自分の力で正しくなろうとします。自分で神様に近づけると思っているわけです。本当に悪いことをしても、神様の前で嘆いていない。自分の心の中で嘆いてない。まあまあ、こんなもんだろうと思っている。これが、死んでる特徴です。


 だから、神様より自分の思いを優先します。その人は、聖書の言葉を使っても、心の中にイエス様はいません。それが罪人の特徴です。死んでる人達は、神様の怒りを、そのままその人が受けてることを知りません。死んでる人は、罪の責任を絶えず問われてることを知りません。僕は大丈夫、僕は大丈夫だという人がいますよね。その人はどうなるかと言うと、神様が裁く時が来ます。最終的に人間は死にます。ですが、神は死んだ後でも蘇らせて裁くと言っています。裁くというのは、「地獄の中に放り込む。」、「燃える火の中に放り込む。」と書いてありますが、ある聖書箇所では、真っ暗闇の中に、ずっとそこに、置かれる、そしてその人は、泣いて、うわーと泣いて、歯ぎしりすると書かれています。なぜ神は、こんなところに私を入れたんだ、と。それが、神の裁きです。それが、永遠に、永遠にずっと続きます。その歯ぎしりと泣き、悲しみと怒りが、ずっと、燃える火のように心の中をかきむしって、そしてもうそこからは出られません。苦しみから、もうどうしても、その永遠の真っ暗な苦しみから出ることができません。それが神の裁きです。


 そこから神は、神が永遠の時の始まる前から選んだ者たちを救おうという計画を、立てられました。それが救いですと言っています。


 そうすると、こういう人がいます。いや、私は神様を信じたから救われますよ。まあまあ、十字架を信じてるから救われますよねって。そういう話ではありません。


 救いは、自分が何かすることではありません。救いというのは、神様が、あなたを神から決して離れられないように結びつけ、神ご自身に結びつけてくれることです。


 そして、神様はイエス・キリストを十字架につけたでしょ。どうして、そんなに十字架が重要なのですか? 十字架はなんで重要なの?


 それは、その罪の中で死んでる人たち、神なしに、生きようとしている人たち、キリストの外にある人たち、その死の世界の中にいる人たち、この人たち、怒り、妬み、嘘、自己中心、悪いことをやめようとしても、心の底には神のことは実は、どうでもいいやと、神なしで生きようとする。そういう罪が、心があります。


 でも神は、その人たちにこう言います、選ばれた人にですよ。ただ良い子になりなさいなんて言っていません。あなたに良い人になりなさいって言ったって、無理ですから。


 神は、その人たちに、神、キリストだけが最後の望みだという心を与えてくれます。苦しみの中で一人ぼっちで、自分がもう孤独で自分が見放されて、誰も頼る人がいない、ある時に、心の中に寂しさがいっぱいいっぱい迫ってきます。その中であなたは空を見上げて「神はどこにいるんですか?」と言います。


 でも、そこには神は見えない。なぜなら、神はあなたの心の中にすでにいます。それが聖書が言っていることです。


 イエス様は、十字架につけられて、死なれました。あなたはイエス様に結びつけられた。聖書は言っています。あなたは、イエス様と、時を超えてあの2000年前の十字架に、あなたはイエス様と十字架につけられた。だから、パウロという人が、すごい偉い人です、この人は使徒という人で、「私はイエス・キリストと共に死にました。私が今生きてるのは、イエス・キリストが私のうちに生きています。」と、言っています


 ですから、あなたがも、何を思うが思うまいが、それは神様がしたことです。神様があなたを十字架に、イエス・キリストと共に結びつけて、あなたは今ここにいるけれど、神様の目の中では、あなたは十字架につけられて、キリストがあなたに代わって、神の燃え盛る怒りをそのまま受けてくれました。罪の責任をそのまま受けてくれたのです、イエス・キリストがあなたに代わって。これを福音といいます。


 あなたはもう、その罪の責任を問われることがありません。あなたは真っ暗闇の孤独の中で永遠に彷徨って、歯を食いしばり、歯を食いしばって、そこで泣きながら、ああ助けてくださいって、神を呪ってやるとかね、そうならずに、あなたはもうそこに行く必要がない。それが救いと言われることです。


 イエス・キリストがあなたの罪を持って、あなたのためにその死を持って、そしてその罪をそのまま自分が受けて死んでくださいました。それはあなたが、神があなたをイエス・キリストに結びつけて選んで、そのよう、にあなたは十字架についたのだから。絵に描いた物語ではなくて、あなたがキリストと一つになって、そこにいたという事実を、聖書は語っています。それが選ばれた人たちの救いです。


 なぜなら、神があなたを哀れんで慈しんでるからです。神はあなたをご自分の子供だとされました。それは神様が、神様の楽しみのゆえに、神様の喜びのゆえに、キリストにあってあなたをご自分の子にしようとあらかじめ愛を持って定めましたと、言っています。だから、この救いは、神が選ばれた人々に与えられました。


 だからもう一度言います。あなたは、知らないまま、自分の力でなんとか良い人になるという宗教をやってましたと、そういう風に言うかもしれないし、僕は一生懸命頑張ってクラブに行ってましたと言うかもしれませんが、そんなことは、関係ありません。神は裁く時に裁きます。燃え盛る火、神の怒りです、罪の責任を取らされます。でも、そこから神はあなたを救ってくださった。これが救いです。


 みんなは、救いが分かっていないから、感謝がないのです。福音というのは、何ていうか知っていますか?エヴァンゲリオンと言います。エヴァンゲリオンというアニメがあったでしょう。エヴァンゲリオンは福音です。


 その福音って何? どういう意味かと言ったら、良い知らせです。それを神様は全ての選ばれた人々に、み言葉を通して伝えています。だからこの本当の福音を聞く人は選ばれている人たちです。


 多くの、偽の教会たちがいっぱいあります。そこでは、「イエス様信じましょう」とか言って、「聖霊を受けましょう」とか、わけのわからないことを言います。あなたは信じなさいとか言ったりとかします。でも、みんな死んでいて信じられないのに、どうしたら信じなさいってなるのでしょうか。それは自分の力で信じなさいって言ってるだけです。そうではありません。神様は、神様はこう言いました。


お祈りします。

 天のお父様、あなたがキリストに結びつけてくださるものは、キリストと共に十字架につけられ、キリストと共に死に、キリストと共に蘇らされたものです。

 主、それは私たちの行いや私たちの、経験や私たちの良い行いだとかそんなものに全くよりません。

 私たちの救いはキリストが私たちの代わりに私たちの罪、あなたの怒り全てを背負ってくださったことです。

 そしてあなたの素晴らしい正しさを私たちにくださいました。

 父なる神よ、救いは全てあなたの憐れみと慈しみです。どうか今日語られた、主よ、本当の福音を全てのあなたの愛する子供たちに伝えてください。また人間の「僕はできる」とか「僕はこれがいいだ」とか、そのような高ぶりや、また自分のことしか考えない心をどうかあなたが砕いてください。

 そしてキリストが最後の望みであるという心をあなたが与えてくださいますように。この世が決して与えなかった、この世の人々が、この世の人々が決して与えなかった本当の希望を、どうか心にあなたが与えてください。

 愛するイエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン。

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