最初から最後まで変わらない救い

2026.1.23 最初から最後まで変わらない救い
今日は、神がどのようにしてご自分の子どもを救い、どのようにして最後まで守り、完成へ導かれるのか、その救いの形を聖書から確認します。
まず、いちばん最初にはっきりしていることがあります。神は、私たちが後から良い人になるのを見て、選ばれたのではありません。神は、世界が造ら れる前から、ご自分の民を選ばれました。
「神は、世界の基が据えられる前から、キリストにあって私たちを選ばれました。」― エペソ 1:4
ここで聖書ははっきり言っています。私たちは、キリストにあって選ばれたのです。最初から、私たちはキリストと結びつけられることを前提として、神のご計画の中に置かれていました。
だから救いの出発点は、「私が信じたから」ではなく、「神がキリストの中で選ばれたから」です。
そして神は、その選びに基づいて、私たちをキリストと結びつけ、その十字架と復活の中に入れてくださいました。
「神は、キリストとともに、私たちを生かし、ともによみがえらせ、ともに天に座らせてくださいました。」― エペソ 2:5–6
ここでも主語は神です。結びつけたのも、共に生かしたのも、神です。
神は、私たちが立派な人になるから救うのではありません。神は、何もできない者を、すでにキリストと結びつけた者として、救われます。
「わたしたちがまだ弱かったとき、キリストは、不敬虔な者のために死んでくださいました。」
― ローマ 5:6
しかし神は、選んで、結びつけたからといって、私たちの偽善やごまかしを放っておかれる方ではありません。
神は、良い人のふりをしたまま立ち続けることを、危険なこととして扱われます。
「この民は、口ではわたしを敬うが、心はわたしから遠く離れている。」― マタイ 15:8
だから神は、私たちの自己正当化を崩されます。自分は正しいと思って立っていられないようにされます。
「主は愛する者を懲らし、受け入れるすべての子を懲らしめられます。」― ヘブル 12:6
ここで大事なのは、懲らしめられている理由は、捨てられたからではないということです。
むしろ、子として受け入れられているからです。
神は、偽善を暴かれます。しかし同時に、結合を解くことは決してされません。
「主は、その民を捨てず、ご自分の相続地を見放されない。」― 詩篇 94:14
なぜ捨てられないのか。それは、私たちが強いからではありません。それは、私たちが良い子だからでもありません。
それは、神が選び、キリストと結びつけたからです。
「だれが、神に選ばれた者たちを訴えるのですか。義と認めるのは神です。」― ローマ 8:33
「だれが、私たちをキリストの愛から引き離すことができるでしょうか。」― ローマ 8:35
ここではっきりしています。守っているのは、私たちではありません。結びつけているのは、神です。
だから私たちは、無理に強くなろうとしなくていい。無理に立派な信仰者のふりをする必要もありません。
神は、できないままの者を、キリストに結びつけたまま、離されません。
「わたしは彼らに永遠のいのちを与えます。彼らは決して滅びず、だれもわたしの手から奪い去ることはできません。」― ヨハネ 10:28
だから、私たちの役目ははっきりしています。自分を守ることではありません。神が守っておられる場所から、離れないことです。
「主は、あなたを守る方。」― 詩篇 121:5
神は、選び、キリストと結びつけ、偽善を暴き、しかし離さず、最後まで完成へ導かれます。
これが、最初から最後まで変わらない救いの形です。