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救いの構造の中で御霊の働きによって歩くヤコブ

救いの構造の中で御霊の働きによって歩くヤコブArtist Name
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救いの構造の中で御霊の働きによって歩くヤコブ

「彼は母の胎にいたとき、兄弟を押しのけた。彼はその力で神と争った。彼は御使いと格闘して勝ったが、泣いて、これに願った。」ホセア12章3~4節

 

ヤコブは、力で勝ったのではない。神に砕かれ、神にしがみつく者にされたので「勝った」。

ホセアは、ヤコブを英雄として語っているのではない。神に砕かれた者として語っている。

「彼は御使いと格闘して勝ったが、泣いて、これに願った。」

 ここが重要である。

 

勝った者が、なぜ泣いて願うのか。普通の勝利なら、泣く必要はない。願う必要もない。支配し、奪い、押し通せばよい。

 

しかしヤコブは違った。ヤコブは泣いた。願った。祝福にすがった。

 

 「私はあなたを去らせません。私を祝福してくださらなければ。」 創世記32章26節

 

つまりヤコブは、「あなたなしでは生きられません。」という者にされた。ここに、ヤコブの「勝利」の意味がある。

 

 創世記32章で、神はヤコブを打たれた。「その人はヤコブに勝てないのを見て、ヤコブのももの関節を打った。ヤコブのももの関節は、その人と格闘しているうちに外れた。」

創世記32章25節

ももの関節は、人が立つ力、踏ん張る力、逃げる力の中心である。

 

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